『鶏と人間』表紙。柵のそばに立つ白い鶏と、赤い道の先に立つ人影、夕日と飛ぶ鳥の絵

なぜ、鶏は飛ばないのか。

鶏と人間

飼いならされた命と、忘れられた自由

ココロ・シャンカ 著

なぜ、この本なのか

一羽のヒヨコから始まった問い

翼を持ちながら飛ばない鳥、鶏。本書は、手のひらに乗るほどの小さなヒヨコとの出会いから生まれました。鶏という小さな命の歴史をたどると、生命と環境のあいだに働く、ある根本的な力学が浮かび上がってきます。

能力は、必要とされなければ失われる。

自由は、与えられた環境のなかで少しずつ形を変える。

そして長い時間をかけた変化は、変化したあとの姿を「もとからそうだったもの」として定着させる。

本書が問いかけること

これは、本当に鶏だけの話だろうか。

本書は、鶏の飛翔能力の退化、品種改良、養鶏場という完全に管理された世界を見つめたあと、その視線を人間へと向けます。

鶏を囲うもの

金属の格子や土の囲いという、目に見える囲い

人間を囲うもの

法律、慣習、常識、世間体、空気、同調圧力。目に見えない囲い

選んでいるつもりが、選ばされている。そして、選ばされていることに気づかない。

― 第四章「提供される側として生きるということ」より

さらに本書は、古代インドに由来する「カルマ」という言葉を手がかりに、生きることが何を残すのかを考え、地球という生命の舞台へと問いを広げていきます。

それは、誰かを責めるための本ではありません。

これは、誰かを糾弾するために書いているのではない。食べることをやめるべきだと主張しているのでもない。ただ、私たちが普段見ないですませているものを、一度だけ、はっきりと見つめておきたいだけだ。

― 第三章「殺されるということ」より

試し読み

序文

空を飛ぶ鳥の姿は、古来より自由の象徴として語られてきた。大気を切り裂き、地上のいかなる境界線にも縛られず、ただ風と光のなかを進む鳥の姿に、人間は自らの理想を重ねてきた。

しかし、鳥でありながら空を飛ばない鳥がいる。

鶏である。

翼を持ちながら飛ばない。野山を駆けることもなく、囲いのなかで餌を食み、決められた時間に眠り、決められた場所で一生を終える。

なぜ、鶏は飛ばないのか。

問いは単純に見えて、思いのほか深い場所へと続いている。鶏という小さな命の歴史を丁寧に辿ると、生命と環境のあいだに働く、ある根本的な力学が浮かび上がってくる。能力は、必要とされなければ失われる。自由は、与えられた環境のなかで少しずつ形を変える。そして長い時間をかけた変化は、変化したあとの姿を「もとからそうだったもの」として定着させる。

そしてこの問いは、いつしか別の問いへと姿を変える。鶏は、与えられた飼料を食べ、与えられた空間を歩き、与えられた光のもとで眠る。その一日を、おそらく不満なく生きている。むしろ、世話をしてくれる存在として、人間を信頼している面さえあるかもしれない。しかし、その鶏が産み出す卵も、最終的には肉となる体も、すべて人間の側に収穫される。鶏自身は、収穫される自分という構造に、最後まで気づかない。

これは、本当に鶏だけの話だろうか。

本書は、一羽のヒヨコとの出会いから始まった。手のひらに乗るほどの小さな命が、私の前で眠ったその日、私は鶏という存在を初めて近くで見た。問いは、そこから動きはじめた。そして、そのヒヨコが、ある日、私に思いがけないものを見せてくれたとき、問いはさらに深い場所へと続いていった。

鶏はいかにして現在の姿になったのか。飼われることが命に何をもたらすのか。そして、生命が本来持つ力とは何なのか。小さな鳥の一生を通じて、見えてくるものがあるはずだ。

― 続きは本書で ―

目次

全六章と終章

各章をクリックすると、節の見出しが開きます。

 序 文
第一章鶏としての生命とは何か
  • 一 飛ばない鳥としての鶏
  • 二 飼われることの意味
  • 三 養鶏場という世界
第二章退化という名の適応
  • 一 必要とされなくなった能力は失われる
  • 二 セキショクヤケイという祖先
  • 三 品種改良という静かな手
  • 四 親から子へ受け継がれる「限られた世界」
  • 五 喪失の最も深い層
第三章養鶏場という完全な管理世界
  • 一 生まれた瞬間から始まる管理
  • 二 飼料という統制
  • 三 空間という制約
  • 四 一羽の鶏のことを
  • 五 生産性という価値基準
  • 六 殺されるということ
  • 七 管理された世界の完成
第四章囲われた社会で生きる人間
  • 一 問いを立てる
  • 二 見えない囲いのなかに生きる
  • 三 提供される側として生きるということ
  • 四 鶏と私たちの、深い相似
  • 五 「選ばされた選択」という幻想
  • 六 情報という飼料
  • 七 飼いならされることへの問い
第五章カルマ――生きることが残すもの
  • 一 カルマという言葉について
  • 二 二つの層のカルマ
  • 三 鶏のカルマ
  • 四 食べる/食べられるという連鎖
  • 五 人間という、可能性の大きい存在
  • 六 個人のカルマと集合のカルマ
第六章地球の自然と人間社会
  • 一 地球という生命の舞台
  • 二 取り尽くされていく資源
  • 三 配慮なき発展の終着点
  • 四 手遅れになる前に
  • 五 小さな行為が持つ意味
終 章もう一度、空を見上げるために
  • 一 一羽の鶏が問いかけること
  • 二 鶏が飛ぶためには何が必要か
  • 三 人間が取り戻すべきもの
  • 四 つながりを取り戻す
  • 五 鶏を見るということ
  • 六 空を見上げるということ
  • 七 あなたへの問いかけ
 あとがき

著者からのメッセージ

ココロ・シャンカ

ある日、私はPちゃんを連れて海辺に出た。そこで、思いがけないことが起きた。

私が浜から海のほうへ歩いていくと、Pちゃんは私のあとをついてきた。膝の下ほどの浅さでも、Pちゃんにとっては大海原のような深さである。それでも、Pちゃんは水に入った。そして、足をかいて泳いだ。羽が水を弾くからか、簡単に水に浮きながら、私のほうへ向かって泳いできた。

その姿を見たとき、私のなかで、何かが動いた。

― あとがきより

書籍情報

鶏と人間

書名鶏と人間
副題飼いならされた命と、忘れられた自由
著者ココロ・シャンカ
構成序文・全六章・終章・あとがき

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